2012年 03月 28日
ヌードデッサン
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当たり前かもしれないけれど、面白い文章を書ける人は面白い人である。
で、知り合いの面白い人がやっている面白いブログがあるのだけれど、
このあいだはなぜかヌードデッサンの話をお書きになっていたのだ。
あ、ヌードデッサンね、なつかしいねぇと読んでいたら、触発されて、いろいろ面白いことを思い出してしまった。
というわけで、今回は唐突にヌードデッサンの話を書こうと思う。
そう、ヌードデッサンこそは芸術系の学生のみぞ知る閉ざされた世界である。
そして知らない人にとっては、何やら禁断のイメージを喚起する、神秘の営みではあるまいか?
わたしが初めてヌードデッサンを描いたのは、すなわち生まれてはじめて生身の裸婦を眼前にしたのは、高校3年の春であった。
美大受験の為の予備校のカリキュラムで、クロッキーをした時だ。
クロッキーというのは、速描きのスケッチみたいなもので、モデルさんが5分とか10分とかポーズを決める間に、まわりをぐるりと取り囲んだ学生が、さらさらと鉛筆を走らせるのである。
実は前日、わたしは同じ予備校に通う浪人生から、耳打ちされていた。
「ん、タグチ君はヌード初めてなんだ?、俺初めてのとき鼻血出しちゃったんだよね」
もちろん真っ赤な嘘だったのだけれど、純情な高校生が俄然緊張してしまったのは、いうまでもない。
ここにひとつの命題がある。
そう、はたしてヌードデッサンは(この場合は女性モデルね)、男性を興奮させるものなのか?
実につまらないオチだけど、実はまったく興奮しない。
まったくっていったって少しはそのむにゃむにゃ・・・と思うのが、世の中の反応だと思うけれど、
血気盛んな高校生が、何にも感じないのだ、これはもう100%そういうことはない。
わたしと同じタイミングで、初ヌード体験をした予備校の友人などは、期待?した興奮の訪れないことに愕然として、口の中で「おっぱい、おっぱい」とつぶやいていたらしいけれど、結果はかわらなかった。
それでは、件のブログに語られていた、ヌードモデルを覗いていた工事屋さんは何も感じなかったのかと言えば、これはそうではない。
おそらく彼にとっては、それはただの裸の女であって、モデルではなかったはずなのだ。
これは聞いた話なのだけれど、当時クロッキー券制度というのがあって
要するに1枚300円くらいでチケットを売って、時給2000円くらいでモデルさんを雇ってクロッキーするのだけれど、売れないと赤字になるわけだ。
そこで人を集める為に、まったく芸術と縁もゆかりも無い人に、300円でストリップが見れるぞ、といって売りつけるという、極悪非道な行為が横行したことがあったらしい。
すると、不思議なもので、しれっとしてその他大勢の中に紛れ込んでいても、その手の人がいると、モデルさんはいつもと違う視線を感じで、非常にやりにくいのだという。
件のモデルさんも、遠く天窓の外から届く刺すような視線を、敏感に感じ取ったに違いない。
つまり人というものは、その人の意思にかかわりなく、単に物事の「前提」が違うだけで、視線の質まで変えてしまうような動物であり、またその視線の違いをいちいち感じ取れる生き物でもあるのだ。
わたしはここに、人間の持つ底知れぬ能力の一端を見るのである(なんのこっちゃ?)
その翌日、そんな事情を知らないクラスメート達に、「俺は昨日女の裸を見た」と宣言して、わたしが一日だけクラスのヒーローになったのは、青春のいい思い出である。
(まだ続く、かも知れない)
で、知り合いの面白い人がやっている面白いブログがあるのだけれど、
このあいだはなぜかヌードデッサンの話をお書きになっていたのだ。
あ、ヌードデッサンね、なつかしいねぇと読んでいたら、触発されて、いろいろ面白いことを思い出してしまった。
というわけで、今回は唐突にヌードデッサンの話を書こうと思う。
そう、ヌードデッサンこそは芸術系の学生のみぞ知る閉ざされた世界である。
そして知らない人にとっては、何やら禁断のイメージを喚起する、神秘の営みではあるまいか?
わたしが初めてヌードデッサンを描いたのは、すなわち生まれてはじめて生身の裸婦を眼前にしたのは、高校3年の春であった。
美大受験の為の予備校のカリキュラムで、クロッキーをした時だ。
クロッキーというのは、速描きのスケッチみたいなもので、モデルさんが5分とか10分とかポーズを決める間に、まわりをぐるりと取り囲んだ学生が、さらさらと鉛筆を走らせるのである。
実は前日、わたしは同じ予備校に通う浪人生から、耳打ちされていた。
「ん、タグチ君はヌード初めてなんだ?、俺初めてのとき鼻血出しちゃったんだよね」
もちろん真っ赤な嘘だったのだけれど、純情な高校生が俄然緊張してしまったのは、いうまでもない。
ここにひとつの命題がある。
そう、はたしてヌードデッサンは(この場合は女性モデルね)、男性を興奮させるものなのか?
実につまらないオチだけど、実はまったく興奮しない。
まったくっていったって少しはそのむにゃむにゃ・・・と思うのが、世の中の反応だと思うけれど、
血気盛んな高校生が、何にも感じないのだ、これはもう100%そういうことはない。
わたしと同じタイミングで、初ヌード体験をした予備校の友人などは、期待?した興奮の訪れないことに愕然として、口の中で「おっぱい、おっぱい」とつぶやいていたらしいけれど、結果はかわらなかった。
それでは、件のブログに語られていた、ヌードモデルを覗いていた工事屋さんは何も感じなかったのかと言えば、これはそうではない。
おそらく彼にとっては、それはただの裸の女であって、モデルではなかったはずなのだ。
これは聞いた話なのだけれど、当時クロッキー券制度というのがあって
要するに1枚300円くらいでチケットを売って、時給2000円くらいでモデルさんを雇ってクロッキーするのだけれど、売れないと赤字になるわけだ。
そこで人を集める為に、まったく芸術と縁もゆかりも無い人に、300円でストリップが見れるぞ、といって売りつけるという、極悪非道な行為が横行したことがあったらしい。
すると、不思議なもので、しれっとしてその他大勢の中に紛れ込んでいても、その手の人がいると、モデルさんはいつもと違う視線を感じで、非常にやりにくいのだという。
件のモデルさんも、遠く天窓の外から届く刺すような視線を、敏感に感じ取ったに違いない。
つまり人というものは、その人の意思にかかわりなく、単に物事の「前提」が違うだけで、視線の質まで変えてしまうような動物であり、またその視線の違いをいちいち感じ取れる生き物でもあるのだ。
わたしはここに、人間の持つ底知れぬ能力の一端を見るのである(なんのこっちゃ?)
その翌日、そんな事情を知らないクラスメート達に、「俺は昨日女の裸を見た」と宣言して、わたしが一日だけクラスのヒーローになったのは、青春のいい思い出である。
(まだ続く、かも知れない)
by ta-gu-chi
| 2012-03-28 13:22
| つれづれ
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Comments(2)



